このサイトの運営者、野垣太郎について

野垣 太郎     プロフィール    

1962年生まれ、独身。釣り好きが嵩じて釣り竿片手に世界を放浪。その足跡は北はアラスカから南はニュージーランドのブッシュまで、人跡稀な奥地を目指して、キャンプ生活を通算1年半にわたって続ける。様々なシチュエーションにおけるその豊富な経験から、キャンプ用品についても独自の持論を展開。

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野垣のキャンプ略歴。

   1978年 高校2年の時に友人と二人でキャンプ釣行。初キャンプで、装備はボーイスカウトで借りた家型キャンバステント、飯盒に焚き火というものだった。雨にたたられて悲惨なキャンプを体験。火が使えず、生米をかじる。

   1982年 大学2年の時に釣り研に入会。渓流パートを選択したためにキャンプと再び出会う。クラブの装備品としてはじめてキャンプストーブを使用。機種はオプチマスの8Rだった。テントはキャンバスの家型とエスパースを、同じくクラブ装備品として使用。

   1982〜1985年 春、夏、秋のクラブ合宿では旅費を少しでも安く上げるため、宿泊はほとんど全てキャンプか野宿。必然的にキャンプがなじみのものになる。スリーピングバックなど一通りの装備を揃える。この頃の個人装備としては、スベア123Rやコールマンのピークワン400、ケルティやジャンスポのフレームザック、カリマーのザック、エーデルワイスのザイルなど。フィッシングタックルやウェアと並んで、やたら道具に凝り始める。

   1985年 卒業と同時に北海道へ移住。3年間釣りとキャンプばかりして過ごす。装備が更に増加。石井やロッジなど大型ザック6つ、ダンロップ3シーズン用、冬用、ツェルトなど6張り、オプチマス45やマナスル126などストーブ6個、山スキー、などなど大げさとも言える装備になり始める。押し入れはほとんどビョーキと言って良い状態に。

   1986〜1995年 サラリーマン生活に突入。キャンプは釣りを兼ねてたまに週末に出かけるくらいになるが、相変わらず装備は増え続ける。装備は押入れに入り切らず、ついにそれ専門の部屋を設けるまでに。

   1995〜1998年 ニュージーランド6ヶ月をはじめとして、アラスカ3ヶ月、カナダ1ヶ月、アメリカ本土1ヶ月、パタゴニア3ヶ月など通算1年半の海外釣行に出発。日本に帰国しては、金を稼いで釣行に出る生活を送る。費用を少しでも安く上げるため、海外滞在中のほとんどはキャンプ生活。

   1999年 再びサラリーマン生活を送ろうと試みる。時代に取り残され、周りの人間たちに付いて行くのに苦労する。この頃より、フィッシングタックルと並んで昔懐かしいキャンプ用品にノスタルジーを感じるようになる。

   2001年 すでに現実社会からは落ちこぼれとなってしまう。呻吟した末、ついに本格的なフーテン生活に突入する。同時に、益々昔の道具に対する興味が増大。