世界中で最も有名と言って良いキャンプ用品の会社・コールマンの創立は、実はそれほどハッキリしたものではありません。と言うのは、創立者である William Coffin Coleman は、元々キャンプ用品の製造を志していた訳ではなく、たまたま法学士になる学資を稼ぐために売っていた他社の "Efficient" Lamp を特許権ごと買い取ることから始まっているからです。このランプは本来 W. H. Irby によって発明されたもので、Irby-Gilliland という会社がその権利を所有していたものでした。しかし彼らはあまりのクレームの多さに恐れをなして、ついにその権利を売り渡すことにした訳です。

発明者というよりセールスマンとしての技量に優れていたコールマンは、そのランプの売り込みに成功を収めます。しかもその方式は当初販売ではなく、リース方式によるものでした。なぜなら火が付かなくなるというクレームが、後を絶たなかったからです。そして1902年にその会社を特許権ごと買い取ると、Hydro Carbon Company をカンサス(Kansas)州のウィチタ(Wichita)に設立します。これがコールマン社の始まりと考えらていれます。しかしこの頃はまだ自社でランプの製造を行っていた訳ではなく、"Efficient" Lamp の製造はコネチカット(Connecticut)州メリドン(Meridon)にある Edward Miller Company が行っていました。

1903年になると、コールマンはランプのブランド名を "Efficient" Lamp から Coleman Arc Lamp へと変更します。そして自社での製品作りにいよいよ乗り出す訳です。この時期はハッキリ特定していないようですが、1905年ごろのことと思われます。

以上でわかるように、元々コールマンはアウトドアグッズのメーカーとしてではなく、当時まだ普及していなかった電灯の代用品として、ガソリンランプが必要とされた時代背景から生まれたのです。またコールマン自身もランプのセールスマンになったのは学資稼ぎの目的からであり、彼自身目が悪くてオイルランプでは本が読めなかったからだとされています。世の中、どう転ぶものかわからないものです。

そして僕が興味を引かれるコールマンのキャンプストーブも、実は彼らのラインナップの中ではごくマイナーな範疇であり、その元々の設立からしてコールマン社はランプの会社でありました。1903年から彼らが製造・販売した製品の大半は他ならぬランプであり、しかも当初はアウトドア用としてよりは家庭などでの照明器具として売り出されたのです。そのため初期の製品の大半はテーブルランプや壁掛け用ランプ、吊り下げ式ランプとなっています。

さて、コールマンがはじめてストーブの製造を手がけるのは1923年のその名もモデル1からと言われています。しかし初期のものはいずれもオーブンやツーバーナーなど大型のものに限られ、小型ストーブの開発が始まるのは第2時大戦ごろのこととされています。この頃戦の嵐が吹き荒れる中、コールマン社のランタンは戦場用として莫大な需要を満たしていました。そして戦場のテント内で使われるストーブとして、コールマンはストーブの供給を開始します。

1941年3月、コールマンは陸軍からスキー山岳兵用のストーブの製造を打診されます。これに応えて作られたものが、モデル520 (軍での呼称は M−1941)でした。驚くべきことに、1941年5月にはすでに製品が完成し、最初の1000台が引き渡されています。中でも1942年までの初期に製造されたものにはタンク底部に足が4本あり、ミリタリーストーブコレクターの間では特に珍重されています。

同時に、この頃矢継ぎ早に520のバーナーを応用したバリエーションモデルがデザインされ、521、522、523、524、525、526など全部で7つのモデルが製造されました。また小型バーナーとして、別に Pioneer と呼ばれる527も製造されました。

520が陸軍の歩兵を中心とした幅広い用途に使用されたのに対し、これらのストーブは主に医療器具の消毒用やジープの後部に載せてCレーションを温めるのに使用されたと言われています。外観の無骨さに比べると性能の高さは驚くべきもので、あらゆるシチュエーションで問題なく着火し、中には燃料がなくてブランデーを燃やしたが大丈夫だった、など様々な逸話が残されているそうです。特にヨーロッパ戦線などでは塹壕戦に欠かせない装備だったことから、Fox Hole Stove という呼称を頂いていました。

1945年に戦争が終わると、コールマンは520の製造を終了します。しかしその代わりにキャンプ仕様として G. I. Pocket Stove 530の製造を開始します。この頃から、コールマンのキャンプストーブ製造が本格化します。このモデルは軍用ストーブの520を、一般的に使いやすく再設計したもので、外観や基本構造は520に近いものでした。しかし民生用とするための幾つかの改良点も見られます。具体的にはこちらは520と違い、真鍮製のタンクにクロームのメッキが施されており、調整ノブやフィラーキャップも大型のものが装着されて、より使いやすいデザインとなっています。その代わり備え付けのスペアパーツや、夜間に敵の目から炎が見えないようにするフレームシールド、プレヒート用の受ザラなどは省略されています。そしてケースにもサビ止め用のカドミウムメッキは施されておらず、アルミ剥き出しとなっています。燃料は白ガソリンのみの指定で、修理工具もパンハンドル兼用の、より大型のものが備え付けられました。

またマリン用ストーブとして、Solus の名前で知られるケロシンストーブ、531や532が登場するのもこのころのことです。これらのモデルはプリムスなど外国製ケロシンストーブの全くのコピーですが、ケロシンストーブが特にマリン用として人気が高かったのに応えて製造されたものです。

コールマンが再びミリタリーモデルに手を染めるのは1950年ごろのことです。このモデルは軍の呼称にちなんで M−1950と呼ばれていますが、コールマンのモデル名では536となっています。この直後ベトナムにアメリカ軍が介入したため、M−1950はベトナム駐留のアメリカ兵の間で非常なポピュラーなストーブとなりました。

軍ではコールマン社の他にも M−1950 の製造を委託したので、実際の製造は AGM(American Gas Machine)、 Akron 、FiestaRogers 、SMP(State Machine Products) 、Wyott など多くの会社が受け持ち、そのため沢山のバリエーションが見られます。このストーブは520を更に小型軽量化すると共に出力の向上を図ったもので、1980年代初めまで製造が続けられていました。日本でもサープラスものとして SMP のものがしばらく輸入されていたので、おなじみの方も多いと思います。

このように軍用ストーブにおいて最も目覚しい発展を遂げたコールマンですが、実際には1946年から530と並んで様々なキャンプストーブの製造も行っています。その記念碑的なモデルが初代 Speed Master となる500で、大型のクロームメッキされた真鍮タンクとバーナーを備えています。実際の炎はバーナーの大きさとは比較にならないくらいささやかなものなのですが、安定した燃焼はさすがと思わせられます。その後グリーンにペイントされた500A 、501、502と改良を重ねて、今日の508にまで続く一連のモデルが登場します。また、おそらくは M−1950を発展させたものとして、505、400400A400B 、576へと繋がっていく小型ストーブ・ピークワン(Peak 1)の流れも出てきます。