アンバサダーにはじめてハイスピードギヤ仕様が誕生するのは、1972年の5500C製造時からだと思います。(ツースピードモデルは除く)このページでは、アブがハイスピード仕様の製造を始めるに当たって、ノーマルギヤ仕様のアンバサダーにどのような改良を施したのか、その点について見ていきたいと思います。

アンバサダーでは、ノーマルギヤとハイスピードギヤの各モデル間にスプールの互換性がないことは広く知られている事実です。そしてこの部分に、実はその秘密が隠されていると僕は考えています。

先ずギヤそのものについてですが、歯面の数やサイズについてはハイスピードは、果たして世間で言われている程万能か?の項で述べた通りですので、ここでは割愛させてもらいます。ではその他にどのような違いが両者に見られるでしょうか?

(写真は左がハイスピード、右がノーマル用ギヤセット)

先ず、ドライブギヤではクリックスプリングの付き方が違います。ノーマルではギヤの外周近くに位置しているこのスプリングは、ハイスピードではより内側に位置しています。また取り付け方も、ノーマルではリベット止めになっているのに対して、ハイスピードではギヤ本体にカシメてあるだけです。そしてノーマルギヤでは大きく抉り取られているギヤの内側も、ハイスピードではかなり厚みを持ったまま残されています。結果としてギヤ本体の重量も、ノーマルでは10グラムですが、ハイスピードはそれよりも3グラムほど増えています。これはもちろん直径が大きいためもありますが、それよりも厚みの部分が多いということに起因するようです。

ドラグのワッシャーは、ノーマル仕様では1960年中頃まではグラスファイバーを使った茶色いものでしたが、60年代の末頃にはカーボン製と思われる黒いものに変更されます。これはもちろんアブが最新の素材を取り入れることに積極的であった証しでもあります。そのドラグワッシャーは、ハイスピード仕様では更に革の素材に変更され、より大径のものが用いられています。つまりハイスピードではよりドラグ性能の強化が計られているのです。

またギヤの歯面の形も、ノーマルとハイスピードでは違います。ノーマルでは先端が尖っているギヤも、ハイスピードのものではより先端が鈍く、結果として厚みを持たせるように仕上げられています。もちろんこれは歯面が薄くなる上での強度の低下を防ぐための処置で、ギヤ自体もノーマル仕様ほど深く噛み合うことはありません。ノーマルと同じように先端を尖らせて深くギヤを噛み合わせていては、アッと言う間に歯先が磨耗して強度も下がってしまいます。

これらの違いは、もちろんハイスピード化に対応したものだったと考えられます。より歯面が多くかつ径が大きくなるハイスピード用ドライブギヤでは、ドラグやギヤ自体の強度の向上も欠かせないものだったのでしょう。また同時にギヤの歯面の先を太くし噛み合わせを浅くすることで、結果として歯面の強度を上げているのです。

次にピニオンギヤについてはどうでしょうか?ピニオンギヤもやはりドライブギヤと同じような歯先の改良が見られます。しかしそれよりも特徴的なのは、ハイスピード仕様のみに付け加えられた白いプラスチック製のヨークです。ハイスピード仕様ではハンドル1回転辺りに回転するピニオンギヤの回転数も増えます。当然この首に当たる部分の摩擦も増える訳で、この摩擦を抑える意味でも回転の滑らかさを保つ意味でも、この白いヨークは必要だったのでしょう。

そしてもう一つ、大きな違いとして目に付くのはスプールを駆動するために噛み込むクラッチ部分の形状です。ノーマルではシャフトの出っ張りに噛み合うように太いスリットが設けられているこの部分は、ハイスピード仕様では遠心ブレーキ用のステーに引っ掻けるように細いスリットが入れられています。つまりピニオンギヤがより細いハイスピード仕様では、ノーマルと同じ太さのスリットではそこからギヤが割れてしまう心配があったのだと思います。

(写真は左がハイスピード、右がノーマル用ピニオンヨーク)

ピニオンギヤを受けているブレーキプレート(メカニカルプレート)の側はどうでしょうか?こちらはピニオンギヤを受ける金属製ヨークの形状が違います。ハイスピードではクラッチ部分の形状の変化を受けて、ピニオンギヤもより背が高くなっているからです。そしてハイスピード仕様の方が、ヨークの幅も広くなっているのですが、これはピニオンギヤに白いヨークが追加されたことを受けてのものです。

(写真は左からハイスピードボールベアリング、ノーマルボールベアリング、ノーマルブッシング用スプール)

ピニオンギヤ中心にあるシャフト穴の径は、ハイスピードとノーマルとの間に差異はありません。むしろこの差異はボールベアリング装着モデルとブロンズブッシング装着モデルとの間に見られ、ブッシングモデルでは直径が同じ太さの1本のシャフトですが、ボールベアリング装着モデルでは両先端のみが細く加工され、シャフト自体はブッシングモデルよりも太く仕上げられています。

そしてこの特徴は上記のクラッチ形状やピニオンヨークのサイズと合わせ、アンバサダーにおいてノーマルとハイスピード、ボールベアリングとブッシングの間で互換性を妨げる原因となっています。

全体としてみれば、やはりハイスピード仕様はより速い回転と大口径のギヤ、細くて多い歯面に合わせて様々な改良が施され、それらを組み合わせた結果、相反する条件を高い次元で結晶させていることがわかります。アンバサダーにおいては、単にギヤを取り替えてギヤ比を上げただけではなく、多くの工夫が凝らされていることを是非理解した上で使っていただきたいと思います。