プリムス社は、現在でもポピュラーなケロシンストーブを世界で初めて開発したメーカーとして有名ですが、その歴史は何度かに分断されていると言って良いでしょう。そもそもの会社の起こりは F. W. Lindqvist という人物が新しい方式のケロシンストーブを開発したことに始まります。その特許を獲得した彼は、兄弟と共にストーブ製造に乗り出します。そして1892年の3月、鍛冶工場のオーナーだった Johan Viktor Svenson と協力関係を結び、J. V. Svensons Fotogenkoksfabric という会社を起こします。この会社の売り出したストーブのブランド名が Primus だったという訳です。ちなみに Fotogenkoksfabric とはケロシン調理器具製造工場という意味です。灯油ストーブとしては誠に相応しい名前だったと言えるでしょう。工場規模の拡大を図った彼らは、有力な販売代理店を持つ必要に迫られました。そこで手を組むことにしたのが B.A.Hjorth & Co. という工具を扱う会社です。この会社は Bacho というブランド名で、様々な工具を取り扱っていました。Bacho と手を組んだ会社は大成功を収め、規模は拡大していきました。商品のラインナップも充実し、他社で売り出していたランタンのコピーをもこれに加えることにしたので、お返しにそのランタンの開発者、C.R. Nyberg はケロシンストーブのコピーの製造をはじめます。こうして F. W. Lindqvist の持っていた特許は、なし崩し的に市場に広まっていきます。そうこうする内ケロシンストーブの特許は時効を迎え、ドンドン新しいブランドが世界中に誕生します。オプチマスがケロシンストーブの製造を始めたのもこの頃ですし、C.R. Nyberg の会社は後にスベア (Svea) ブランドとして世に広まっていきます。蜜月時代を送っていた J. V. Svensons Fotogenkoksfabric と Bacho グループ (B.A.Hjorth & Co.) の関係は、1918年に Bacho グループ が Svensons 社を買収することで終わりを告げます。同時に会社は発明者一族と袂を分かち、プリムスブランドは完全に Bacho グループ の所有になります。エベレスト遠征に使用されたり軍の正式ストーブとして採用されるという栄誉を得て、益々発展を続けてきたプリムスブランドも、LPガスを使ったストーブが徐々に主流になるにつれ、1950年代の終わり頃にはかつての勢いを失ってきます。また工場が急速に時代遅れになり、老朽化してきたことも手伝って、プリムスはついにLPガスを使ったストーブ以外の生産から撤退することを決め、1962年には当時意気盛んであったオプチマス社にLPガスストーブ以外のプリムスブランド使用権を譲り渡します。更に1966年には会社の所有権自体が Bacho グループから Esso 傘下の A.B. Silvert Apparater に移るに当たって、プリムスは Primus-Silvert A. B. としてLPガスストーブの製造で細々と生き残りを計ります。1990年代には再びマルチフューエルストーブの製造に乗り出して復帰を図るのですが、残念ながらかつてのケロシンストーブの開発者という栄光は遠くかすんでしまったようです。

画像のものはプリムス No.71。まるでスベアストーブのようなこのブリキ缶入りストーブは、白ガソリン燃料使用である。トレードマークにはケロシンストーブの開発者として、誇らしげに灯油ストーブの絵が描かれているが、時代はケロシンから煤の出にくい白ガスへ、そして扱いのもっと簡単なLPガスへと移りつつあった。

ケースは五徳を兼ねたデザインで、前面と上部のフタを閉じると完全に四角いブリキ缶の中に収まってしまう。かわいらしいデザインだが、中のストーブ本体はスベアよりも更に小型で、実用的にはあまり使い勝手は良くない。