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かつて釣りの師と仰いだ人から、北海道にはもっとも危ない熊の3地域があると聞いたことがある。それは知床、日高、そして狩場山系周辺だと言うのだ。ともあれ北海道の山河を歩いた人なら、チョットした林道の上や渓流の流れの脇に、熊の足跡や糞を見かけたことが一度や二度はあるであろう。熊はまるで神のように北海道中に偏在し、時により自らの生の証を我々に誇示して見せるのである。
とは言え、確かにここの熊は余所の地域よりも危ない、人とトラブルを起こす危険性が高いというのは、現実問題として存在する様だ。かつて見市という渓流を遡っていったことがある。上流部に至るとそこは通らずのゴルジュになっているのだが、その通らずの上には獣道が細々と続いているのだ。それは熊が付けた通り道であるのだと聞いた。
同様に、遊楽部川を友人と釣り上っていた時、急に友人が「臭っせぇえ!」と素っ頓狂な声をあげたことがある。俺は別に鼻が詰まっていた訳でもないのに、その時は何も臭わなかった。友人によると、まるで豚小屋のように強烈な悪臭がしたのだそうだ。それが熊であると気づいたのは、しばらく遡った川原の砂に、ごく最近付いたであろうと思われる熊の足跡を見つけた時だった。
狩場山系でもっとも険しいと言われている渓は須築である。ここの通らずとそれに続くS字峡は、確かにすごいゴルジュの連続だ。しかしそれに劣らず熊の気配もすごくて、アプローチの辿道歩きには細心の注意が必要なのだ。隣の小田西は須築に比べるとずっと女性的な渓相だが、それでも熊の気配は濃い。上流部の熊笹の原生林でキャンプする時など、恐ろしさの予感でドキドキするほどなのだ。注意深い人なら、熊が爪で樹皮を引っ掻いたり身体をこすりつけた跡が、容易に見付けられるのである。
アラスカでも熊は強烈に臭いと言われているのだが、俺は未だに熊の臭いを嗅いだことがない。臭いというのは空気の流れに左右されるし、すぐ傍にいてもわからないことがある。やはりベアサインとして頼るべきは、先ず足跡と糞ということになるであろう。中でも足跡は最近のものか、古いものか、また大きな固体か小熊かといったことが瞬時にわかるので、何と言っても一番注意すべきは足跡、次に注意すべきは鳴き声や木の枝が折れるなどの足音、そして時折見かける糞ということになるだろうか。